職場の問題・社内ストーカー

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職場の問題・社内ストーカー

 
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世の中に男女の性がある限り、そのことに関するトラブルはなくならないだろう。

最近では高齢化で、余生と言われる時間が長くなった。

さらにはパートナーに先立たれたりして、独り身が人生をさみしく感じる人間も多いことだろう。

だから、恋愛は若者だけの特権ではない。人生いくつになっても共に生きてゆく人間はいてほしいと思う事だろう。

しかし、いくらほしいと願っても相手も人である限り、希望するだけでは来てくれない。相手の年齢や姿が気に入っても、相手にとって望まれる人間でなければ、新しいパートナーにはなってもらえない。自分の欲する人を恋人にしたいとするなら、対手に喜ばれるテクニックを行使し、相手に気に入られるダンディなとまではいわないが、清潔な洋服を身にまとい、紳士としての臨む、というのが常道だろうと思う。

 

また、やり方が悪いとストーカーとの烙印を押されることもある。

テクニックと一概に言っても、人によって受け入れられる行動や言葉遣いはそれぞれ違う。強引にしたらよいかといえば、それでは拒否されることのほうが多い。

誰もにでも通用するルールはあるだろう。そしてそれは守られるべきだろう。好感をいだくというとよさそうに聞こえる。女にしてみたら好みな異性に好感をいだかれることは喜ばしい。しかし、好みでない異性からのアプローチはどうだろう。

男性はモテルことが非常に名誉なことととらえるようだが、女はかなり違うことが多いと思う。女性は自分の好みとする異性からのアプローチでないと、なかなか受け入れられないものだと思うのだ。

だれでもそうだと思うのだが、おそらくルックス、身だしなみ、話し方、笑顔などを一瞬にジャッジしていて受け入れられるか、ノーかを内心瞬時に判定している。それは男女ともにいえることだろう。

しかし、申し訳なさも伴い一時は何でもないようにふるまう。しかし、根本的に受け入れることのできない相手はいるもので、何回アプローチしてみても、やっぱり答えはノーである。

この辺りになるとお互いの中でルールを意識するだろう。通常はプライドがあって、受け入れられないのなら、別をあたろうとなるのが普通だ。

ところが中には何度も繰り返せば、なんとかなるだろうとおもう輩がいるようだ。対象となる方にしてみるとこれほど迷惑なことはない。私はある職場でそのような体験をした。

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思いがけないところにいるはずのない人間がいる。付きまといされている‥‥そう思うと一人で席を離れられなくなる。その人間のいるだろう処に行くことができないのだ。

例えばロッカーにいるだろうと思うと、怖くて行けない。

職場のロッカーは男女兼用なのだ。通常帰り際に職場の中で使用可能なものだけ、自分のカバンに戻している、その数秒間におののくのだ。

ストーカーの怖さはされてみた人間でないとわからない。名前も知らない自分にとっては気味の悪い男が、自分にとって良からぬ思いを抱いていて、何となくその感情を無言のうちに押し付けようとしているのだ。

数秒後、知人の男をまっていたように、何食わぬ顔をして男は出て行ってようやく終わりとなる。毎日の帰り際の耐え難い時間だ。

何のすべも持たないヒヨコが大鷲に狙われたような恐ろしさを感じるのだ。それ以降は、どんなこともその人間に関しては、見たくない、聞きたくない、話したくもない。ただ、きみの悪い存在でしかありえない。

そして、そのことを誰かに相談しても、その気持ちを察してはもらえない。それどころか、その相談相手にそう言っていたことを対象の男に話してしまうのだ。

要するに相談しようものなら批判される立場になる、さらに人の悪口を言う悪者にされるのだ。

そんな経験がない、何にも知らないとはいえ、そのような対応をされた被害者(としよう)はストーカーと同様に相談した人間まで信用できなくなる。孤立して、怖い思いをするのだ。これが先ほどから言っている人間通しのルールを知らない人間の引き起こす、人間不信感である。

普通人間はストーカーらしい行為を、人前で堂々と行うことはない。ひっそりと誰もが知らない間に行動するので、他人からはそのような人間とは映らないらしい。しかし一番つらいことは気持ちを察してもらえないことだろう。思い込みだとか、自意識過剰だとかいわれて被害者は二重それ以上に痛手を負うのだ。

 

 

 

不倫は文化?‼は本当か

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不倫は文化⁉️ は本当か

 
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かつてそういって憚らず、顰蹙を買いながら、それでもそれなりに芸能活動を続けている人がいた。
多くの大衆は充分知名度もあり、知っていることと思うが、不倫の当事者から被害を被った側となれば、黙ってはいられなかろう。

時間が経過すれば、人の噂もなんとやら‥
忘れ去られるかもしれないが、大きな痛手を被った側となれば、これは天災や、核の被害と同じで決して風化させてはならないことだと私は思う。

当の不倫をした方は、因果応報で、辛い生活に甘んじなければならないことは当然の報いであるが、
思いがけない被害を被った側としたら、決して許すことのできない結果を引き受ける羽目となり、生涯にわたって苦痛の人生を送ることになるかもしれないのだ。

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人を殺傷することは罪だ。
不倫をするとこは罪では無いのか?

刑事事件と同様とまではいわないが、別の意味で罪に服することになるだろう。

韓国では数十年前までは姦通罪は死刑であったはずだ。不倫は違うのか?

おそらく、そこには留めなければならない辛い選択があったろう。辛うじて行動することなく済めば、
汚名を着ることなく、罪に復することなく終える‥

どちらも同じだ。社会的な責任とわずかな慰謝料で済んでいるような状態で済むということがあっていいはずはない。

 

身近にそんなこんながあったため、PCで検索してみた。「不倫する妻たち」、「W不倫の末」など読むことさえ苦痛なほど検索結果の羅列が続く。わかるけどね。このような話題は多くの関心が寄せられることだろう。

感心しているだけならいくらでも読める。

しかしこれが当事者となったらどうだろうか。できれば当事者にはなりたくないものと思いきや。

「昼顔」とかいう日本映画の影響で不倫が増え、罪悪感さえ抱くことなく、むしろ憧れを持っている妻たちが多いということには驚く。

いや、妻たちだけでなく相手となる男側になると、さらに当然のごとく、のめりこむのは男の性といわんばかりな男たちの多いことが、経験者の言葉として紹介されているのにはさらに驚く。

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では、何のための「結婚」で何を誓ったのか

長い結婚生活を送ると、マンネリ感がまし、相手に対する思いやりやら、いたわりはどこへやら。新婚当時と同じような刺激をお互いが持ち続けることはおそらく難しいことなのだろう。

刺激といわず、互いの思いやりといったらどうだろうか。

自分は一人身なので、不倫の影響は受けずに済む立ち場ではある。

恋愛期間に相手に裏切られたりするたびに、胸を掻きむしりたくなるほどの痛みを味わったことは数知れず・・・そのため一人身をかこっているわけではないとはいえ、いくらかその影響はやはりある。

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裏切った夫を、妻をもとの同居人よろしく生活を続けることはつらい選択に違いない。

ことあるごとに不倫相手の顔を思い出し、夫婦関係を続けても、そのたびにその時の様子を脳裏に思い浮かべ、通常の生活はおそらくできないだろう

どんなふうに声を出し、どのように甘えたのか逐一問い詰めたところで解決策には程遠い。結局、別れを選択することが辛い思いから逃れる唯一の解決策となるのだろう。

子供がいたって夫婦関係の慰めにはならない。

子供がいたら子供を連れて一人の生活をしてみることだ。夫の稼ぎが少なくて不満だろうと、愛想が悪かろうと己一人で子供を養育してゆくことがどれほど困難な事か知れば、不倫が「昼顔」よろしく心浮き立つものではないことがわかるはず。

また、夫である男側にしても「分かち合うもののない生活」がいかに味気ないかを、通常のあたりまえの生活の中で知ることが大切なのだろう。

文鳥の死・・・

文鳥の死‥

 
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文鳥の死‥


文鳥のももちゃんが死にました。
原因ははっきりしないけど、
思い返すと、最近、あんまり鳴かないな

と思っていました。

家にやってきた頃は、可愛い声で鳴き続けるので、外のひとに迷惑だろうか?
と気にしたものですが、
この半年ほどはめっきり少なくなりました。

あの日、放鳥した後、ゲージに戻し、しばらくすると、2回ほど羽音をさせたと思うと、ゲージの底に横たわっていました。

「ももちゃん、どうしたの?」
素早くゲージの中を確認しましたが、
ももちゃんは目を閉じて、うごかなくなっていました。

まさか‥
信じられない思いでももちゃんに触れましたが、ももちゃんは二度と目を開くことはありませんでした。

毎日、出かける際「ももちゃん、行ってくるね」
そう言って声かけしました。
帰宅すると「ももちゃん、只今」と言っていました。
暗がりに電気を灯すと、微かに私の方に首を傾けます。
そんなささやかな繋がりが幸せでした。

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元気な鳴き声が聞けず、それでも不思議だけど私には、ももちゃんの変化を異様だと分かりませんでした。

餌を与えると、ゲージから飛び出しそうに食いついてきました。食欲がとてもありました。

ただ、この夏の暑い最中に、ももちゃんも暑かろう
そう思った私は、人握りの氷をももちゃんの水飲みに入れてあげました。

ひと口飲むと、10秒ほどかけて飲み込むようです。
体の小さな子は、水もガブガブと体内に入ってゆくわけではないのでしょう。
一つ一つが学びでした。

その頃、ウンチに緑っぽい水のようなものが混ざっている事に気がつきましたが、あれっ、と思っただけで、済ませてしまいました。

文鳥インドネシア原産種なので、元々夏には強いかもしれません。氷は不必要だったかもしれないのです。

よく懐いて、ゲージに開くと、すぐに私をめがけて飛び出してきます。頭の上、肩先どこでも私の側にやってきて、私は可愛さが増しました。

でも、放鳥しても部屋を縦横に飛び交っていた様子は無くなりました。それより、カーペットの上に降りたり、歩いたりが増えました。

飛ぶ元気がなかったのかもしれません。
私は可愛い外見だけ見ていて、ももちゃんの様子から病気を見つけられませんでした。

空になったゲージを見るたび、「あー、ももちゃんいないんだ‥」失ったことをあらためて感じます。
たった3年しか生かしてあげられなかったももちゃんに対して、私の至らなさを申し訳なくて悲しくてしかたがありません。普通なら10年は生きたのに、友達もなく、こんな小さな部屋で生を終わらせたのは、私のせいです。

一晩添い寝して、次の日
近くの公園の大きな木の根元に、ももちゃんを埋めました。ももちゃん 安らかに‥

つぎお友達が増えたら、精一杯面倒見てあげられると思う

モモチャンの亡くなったことを、記録に残すため
ここに記すことにしました。